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熊本地方裁判所 昭和30年(行)8号 判決

原告 真川八百二

被告 熊本国税局長

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告が昭和二十九年十二月七日附を以てなした原告の昭和二十七年度の所得税に関する審査決定中鹿児島税務署長の更正決定の一部を取消した部分を除きその余を取消す、訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、請求の原因として「原告は旅館及びキヤバレー業を営んでいるものであるが、昭和二十八年三月十六日昭和二十七年度の所得税につき、鹿児島税務署長に対し同年中の所得額を二百二十二万五百二十円として確定申告をなしたところ、同署長は昭和二十八年四月二日原告の同二十七年中の所得額を四百六十六万五千四百円と更正決定したので、原告は同月十四日再調査を請求したが、同二十八年六月十三日これを棄却せられたため、更に同月二十二日被告に対し審査請求をなしたところ、被告は昭和二十九年十二月七日付を以て前記更正決定の一部を取消した上、原告の昭和二十七年度における総所得額を三百十一万九千円とする旨の決定をなし、同月九日その旨の通知をなした。

しかしながら右年度における原告の総所得額は次のとおりである。即ち原告は当初同年度の総所得額は二百二十二万五百二十円である旨確定申告をしたが、その後正確な調査に基き所得を算定し直した結果

事業所得       四十一万七千二百八十五円

配当所得            六千六百五十円

合計         四十二万三千九百三十五円

に過ぎないことが判明した。而して本件において争となる事業所得の内容は次のとおりである。

(一)  収入の部    千五百七万八百二十五円

内訳

(イ)  収入額 千四百九十一万八千九百二十円

明細

1  キヤバレー収入 千七十八万一千四百五円

2  旅館収入   四百十三万七千五百十五円

(ロ)  期末在庫材料    十五万千九百五円

(二)  支出の部 千四百六十五万三千五百四十円

内訳

(イ)  仕入額 六百四十四万九千三百七十七円

明細

1  酒類掛仕入 三百七十四万千八百五十八円

2  食料品掛仕入 九十七万八千七百六十五円

3  食料品現金仕入   百八万七百五十八円

4  煙草仕入   六十四万七千九百九十六円

(ロ)  期首在庫材料         十万円

(ハ)  必要経費   八百十万四千百六十三円

(明細は末尾添附別表第一のとおり)

差引事業所得     四十一万七千二百八十五円

しかしながら、原告は当初をした前記確定申告額を争う方法がないので、被告のなした審査決定中右申告額二百二十二万五百二十円を超える所得額を是認した点を争い、同部分の取消を求めるため本訴に及んだ」旨陳述し、

被告の答弁に対し、(一)係争年度における一月から九月までの原告の煙草売上による収入が原告主張のとおりであつたことは認めるが、右煙草の売上はキヤバレー及び旅館の経営に附帯して為されたもので原告としてはこれらの収入中に右煙草売上による収入を計上しているから、更に之を別途の収入として計上するのは不当である。(二)次にキヤバレー収入につき、原告が備付の帳簿に被告主張のとおり八月分四十八万九千二百四十円、九月分五十五万千七百五十円、一月以降七月分七百二万九千三百八十六円と記帳していたこと及び本件審査請求に当り十月より十二月までの間の収入として二百二十二万二千二百八円と申告したことは認めるが、八月分及び九月分につき右帳簿とは別途に被告が主張するような合計百五十六万三千九百三十円に上る金額を記載した売上に関する裏日計表のあつたことは否認する。従つて之を根拠として原告の記帳に被告主張のような率の脱漏のあつたとする被告の主張は之を争う。係争年度におけるキヤバレー収入は前示原告主張額が正当であつて、月別の明細は末尾添附の別表第二のとおりである。尤もその内八、九両月分の数字は原告添付の前記帳簿記載の数字と異るが右は原告に於ても右両月分の記帳に多少の記入洩れのあることを認め本件審査請求後税務署係員の指導により誤差率の意見を徴し、又原告が仕入先に支払つた金融等を考慮に容れて実際の収入は二割乃至三割上廻るものと見込んだ上自ら前示記帳額を修正したものである。(三)又仕入額については、煙草仕入高が被告主張どおりであること、及び原告において本件審査請求の際仕入額を被告が「原告計算額」として主張するとおり申告したことは認めるが之は誤りであつて、実際の仕入額は前記のとおり六百四十四万九千三百七十七円に外ならない。なお、被告主張の自家消費額の中雇人賄費三十一万六千八百円は之を認めるが、家族消費額は二十万五千二百円が正当であり、従つて自家消費総額は五十二万二千円となるわけであるが、原告としては之を控除しない前記六百四十四万九千三百七十七円を以て仕入高として主張する。(四)次に必要経費の中被告が争つている貸倒金については、原告が各債務者に対し債権放棄の通知をなした日が被告主張のとおりであることは認めるが、右通知は何れも本件審査決定以前であるから当然係争年度内の必要経費に計上さるべきものであると述べた。

(立証省略)

被告指定代理人は主文同旨の判決を求め、答弁として原告主張事実中原告がその主張のような営業を営んでいること、その主張のとおり昭和二十七年度の所得に関してなした所得税の確定申告に対し、鹿児島税務署長より更正処分がなされたこと、これに対し原告のなした再調査の請求が棄却せられ、更に原告のなした審査請求につき被告が右更正処分の一部を取消す旨の決定をなした間の経過事実がすべて原告主張のとおりであることは之を争わない。又係争年度における原告の所得中配当所得額がその主張のとおりであることは認めるが、事業所得額は之を争う。

原告は係争年度における事業所得額は四十一万七千二百八十五円であると主張するが、被告の調査によれば之を遙かに上廻る四百六十六万一千二百七十八円となるのであつて、その計算の基礎は次のとおりである。

(一)  収入の部   千九百十五万八千六百三十七円

内訳

(イ)  収入額     千九百万六千七百三十二円

明細

1  キヤバレー収入  千四百三十三万二百十七円

2  旅館収入     四百十三万七千五百十五円(原告主張額と同一)

3  煙草収入          五十三万九千円

(ロ)  期末在庫材料     十五万一千九百五円(原告主張額と同一)

(二)  支出の部  千四百四十九万七千三百五十九円

内訳

(イ)  仕入額    七百十六万八千七百五十七円

明細

1  酒類掛仕入  三百六十六万三千六百六十七円(内生ビール八万二千四百円)

2  食料品掛仕入   百三十万六千四百五十九円

小計        四百九十七万百二十六円

3  食料品現金仕入 百九十一万五千四百三十五円

4  煙草仕入     六十四万七千九百九十六円(原告主張額と同一)

以上合計額より自家消費     三十六万四千八百円(家族分四万八千円、雇人分三十一万六千八百円)を控除

(ロ)  期首在庫材料           十万円(原告主張額と同一)

(ハ)  必要経費    七百二十二万八千六百二円

(明細は末尾添附別表第一のとおり)

従つて差引事業所得額は前記のとおり四百六十六万一千二百七十八円となるので、之に前示争のない配当所得六千六百五十円を合算すれば、原告の係争年度における課税総所得額は四百六十六万七千九百二十八円となるのであるから、之を下廻る三百十一万九千円を以てその所得額と認定した被告の審査決定には、何等原告の所得を過大に認定した違法は存しない。

原告はその事業所得に関し、被告の認定した収入額、仕入額及び必要経費の額を争つているが、被告主張額の正当であることは以下述べるところによつて明らかである。

(一)  収入額

収入額の中旅館収入は原告主張額と一致するので、争のあるその余の収入につき(イ)先づキヤバレー収入額算出の根拠を述べる、被告は両収入額の算出に当り原告が正確に記帳していた係争年度における八、九月分の売上に関する裏日計表の記入額と、別に原告が表向きのものとして記帳していた帳簿における右両月分の金額とを対比して一定の脱漏率を見出し、之を同年度内の一月から九月までの右帳簿記載の額に加算したものであつて、具体的に説明すると、

売上に関する裏日計表集計額は

八月分 七十四万七千四百五十円

九月分 八十一万六千四百八十円

合計 百五十六万三千九百三十円

帳簿記入額は

八月分 四十八万九千二百四十円

九月分 五十五万一千七百五十円

合計     百四万九百九十円

であるから、右売上日計表集計の合計額を帳簿記入額の合計で除すれば、月当り五十パーセント強の脱漏がある計算になる。

ところで、原告記帳の右帳簿によると一月以降七月までの売上額の合計は七百二万九千三百八十六円となつているけれども、之にも同率の脱漏があるものと見て右合計額に五十パーセントの脱漏率を加算した千五十四万七十九円がその間の正当な売上額というべきであつて、之に八、九月分の前記売上日計表集計額百五十六万三千九百三十円と十月より十二月分として原告が審査請求書に記載した申告額二百二十二万二千二百八円とを合算した千四百三十三万二百十七円が係争年度内のキヤバレー部門における年間収入額である。

(ロ) 次に煙草収入については、原告は被告主張額を認めながら、それは総てキヤバレー及び旅館の収入中に計上してあると主張するが、右両部門の収入として計上されたのは十月分以降の分のみであつて、被告主張額は原告備付の帳簿に一月から九月までの煙草仕入額が記帳してあつたので、之に基き仕入原価から収入を逆算して算出されたものであるから、右両部門とは別途に計上すべきことは勿論である。

(二)  仕入額

原告が本件審査請求書に記載した計算額による仕入高の内訳は

酒類掛仕入 三百六万四千三百六十四円

食料品掛仕入   百十万三千七百八円

小計     四百十六万八千七十二円

食料品現金仕入 百六十万九千六百十円

煙草仕入    十五万一千五百六十円

合計  五百九十二万九千二百四十二円

であるが、右掛仕入額の小計を被告が調査した前示掛仕入額の小計四百九十七万百二十六円と比較すると、原告の計算額には約十九パーセントの脱漏があることになるので、被告は食料品現金仕入額の算出に当り原告の利益を考慮して原告計算額に同率の脱漏率を加算した前記百九十一万五千四百三十五円を以て食料品現金仕入額と認めた次第である。

(三)  必要経費

原告主張の必要経費中貸倒金を争う外その余の項目は総て之を認める。

右貸倒金については、実際に原告主張どおりの貸倒れが生じたか否か知らないし、仮りにその主張額が貸倒れになつたとしても、原告が回収の見込がないものとして各債務者に対し債権放棄の通知をなしたのは昭和二十九年三月二十七日であるから、係争年度における必要経費に計上すべき性質のものではない。従つて右貸倒金を除外すれば必要経費の総額は前叙のとおり七百二十二万八千六百二円となるわけである。

以上の次第で、被告のなした所得計算には何等不当の点はなく、従つて鹿児島税務署長の更正決定の一部を取消し、原告の係争年度における所得を三百十一万九千円と認定した被告の処分には何の違法もないので、右処分の中原決定の一部を取消した部分を除くその余の部分の取消を求める原告の本訴請求は到底失当たるを免れないと述べた。(立証省略)

理由

原告が旅館及びキヤバレー営業を経営していること、原告がその昭和二十七年度の所得に関し、所得額を二百二十二万五百二十円としてなした確定申告に対し、鹿児島税務署長より同年度の所得を四百六十六万五千四百円とする更正処分がなされ、これに対し原告より同税務署長に対し再調査の請求がなされたが棄却せられ、更に原告のなした審査の請求に対し、被告国税局長が昭和二十九年十二月七日付を以て右更正処分の一部を取消し、原告の昭和二十七年度における総所得額を三百十一万九千円とする旨の処分をなしたことは当事者間に争がない。

原告は係争年度における所得は、実際は四十二万三千九百三十五円であるが、確定申告額によつても前記のとおり二百二十二万五百二十円に過ぎないから、前示鹿児島税務署長の更正処分の中その一部を取消したものの、なお三百十一万九千円に及ぶ額を是認した被告の審査決定はその限度において違法で取消を免れないと主張するのに対し、被告は同年中の原告の所得は正確には四百六十六万一千二百七十八円であるから、その範囲内において原告の所得を認定した被告の審査決定には何等所得を過大に認定した違法の廉はないと抗争するのであるが、同年中の原告の配当所得額については当時者間に争がなく、本件における争点は要するに原告の事業所得、殊にその算定の基礎となる収入額、仕入額、必要経費について原被告いずれの主張額が正当であるかの点に存するわけである。そこで以下この点について順次審究する。

(一)  収入額

旅館収入四百十三万七千五百十五円については当事者間に争がないので、その余の収入の中(イ)先づキヤバレー関係につき検討してみるに、原告が備付の帳簿に八月分四十八万九千二百四十円、九月分五十五万一千七百五十円、(合計百四万九百九十円)と記帳していたことは当事者間に争がなく、証人江藤容庚、同追田重男、同真川ハマの各証言によつて真正に成立したものと認め得る乙第一乃至三号証と右江藤、追田両証人の証言を綜合すれば、原告経営のキヤバレーにおいて経理関係の面に当つていた原告の妻真川ハマは、係争年度における一月以降九月までの売上につき、表向きには虚偽の売上高を記載した帳簿を用意しておき、別に真実の収入を記載した日計表を作成して之を隠匿していたもので、同年十月鹿児島税務署の行つた所得の中間調査の際には、隠匿していた所謂裏日計表の中同年八、九月分は右ハマの手許に保存してあつたが、一月より七月までの分は同女によつて既に焼却されていたこと及び右八、九月分の裏日計表の集計額は八月分七十四万七千四百五十円、九月分八十一万六千四百八十円、合計百五十六万三千九百三十円であつたことを認めることができる。

従つて前記争のない八、九月分の原告記帳額には右裏日計表の集計額に比して、月当り五十パーセント強の脱漏があつたことは計算上明らかなところである。

而して原告が被告の主張どおり一月より七月までの売上として七百二万九千三百八十六円と記帳していたこと及び本件審査請求に当り十月より十二月までの売上高を二百二十二万二千二百八円と申告したこと自体は原告の認めて争わないところであるが、被告は右のような一月から七月までの原告記帳額にも前記八、九月分と同率の脱漏があつたものとして、之に五十パーセントの脱漏率を加算した千五十四万四千七十九円を以てその間の正当な売上高と主張するので、この点につき考えるに、およそ所得の実額調査は取引に関する伝票、帳簿等が誠実に記帳整備されている場合にはじめて可能であるものであるが、本件においては証人辻好生(一、二回)、同花田良一、同福島重成、同富士本張、同江藤容庚、同追田重男、同真川ハマの証言によつて明らかなように、原告が経営しているキヤバレーの係争年度における帳簿(甲第一、二号証の各一乃至八、同第三号証の一乃至十)は極めて不備脱漏であり、又前認定のとおり一月より七月までの間は原告の妻ハマにおいて八、九月分と同様裏日計表を作成し、しかも之を焼却していたものであるから、このような場合においては前記原告記帳額には当然幾何かの脱漏のあつたことが窺われるのであつて、その脱漏率が判明しない以上、正確に算定された前示八、九月分の脱漏率と同率の脱漏があつたものと推定することはやむを得ないところであり、何等経験則にも反しないから、被告主張額を以て一月より七月までの間の正当な売上高と認めるべきである。原告は係争年度におけるキヤバレー収入は末尾添附の別表第二のとおり総額千七十八万一千四百五円で、十月より十二月までの売上は前記争のない審査請求の際の申告額のとおり二百二十二万二千二百八円であるが、一月以降七月分は合計七百三十一万六千八百六十八円、八、九月分は百二十四万二千三百二十九円が正当であり、右八、九月分は税務署係員の指導及び原告が仕入先に支払つた金額等を考慮し、誤差率を二割乃至三割と見込んで前記原告記帳額を修正したものであると主張するが、右のような誤差率及び一月より九月までの売上高については之を首肯すべき証拠がないので右主張は採用できない。

そうであるとすれば、係争年度における原告のキヤバレー収入は被告が認定したとおり一月以降七月分は千五十四万四千七十九円、八、九月分は百五十六万三千九百三十円、十月以降十二月分は二百二十二万二千二百八円、合計千四百三十三万二百十七円であつたものと認めるのが相当である。

(ロ) 次に煙草収入について考察する。被告が係争年度における煙草収入として主張するところは一月以降九月までの分のみであつて、その間の売上高が五十三万九千円であつたことは当事者間に争がない。

原告は右煙草収入はキヤバレー及び旅館の収入中に含めて計上されている旨主張するが、右両部門に対する計上の割合について具体的な主張も立証もしないので、右主張も採用の限りではなく、前記煙草収入は被告主張のとおりキヤバレー及び旅館収入とは別個の収入として計上すべきものといわねばならない。

(二)  仕入額

仕入額の中煙草仕入高が六十四万七千九百九十六円であつたことは当事者間に争がない。そこで先づ掛仕入について調べてみるに、成立に争のない乙第五乃至十三号証、同第十四号証の二及び公文書につき真正に成立したものと認め得る同第十六号証の二によれば、掛仕入高は被告主張額のとおり酒類掛仕入三百六十六万三千六百六十七円、食料品掛仕入百三十万六千四百五十九円、小計四百九十七万百二十六円であつたことが認められる。

次に食料品現金仕入額につき案ずるに、被告は原告が本件審査請求書に記載した掛仕入の小計と被告が調査認定した右のような掛仕入の小計とを比較すれば、原告の計算額には約十九パーセントの脱漏があつたので、食料品現金仕入額についても原告の利益を考慮して掛仕入と同率の脱漏があるものとして取扱い、原告が審査請求書に記載した食料品現金仕入高百六十万九千六百十円に右十九パーセントの脱漏率を加算した百九十一万五千四百三十五円を以て正当な額と認定した旨主張するのでその当否を検討してみると、本件審査請求の際の原告計算額が酒類掛仕入三百六万四千三百六十四円、食料品掛仕入百十万三千七百八円、掛仕入小計四百十六万八千七十二円で、食料品現金仕入額は百六十万九千六百十円となつていたことは当事者間に争がないので、右掛仕入額の小計を被告が認定した前記掛仕入額の小計と比較すれば、原告計算額に約十九パーセントの脱漏があることは計算上明らかである。而て掛仕入額に前示十九パーセントの脱漏がある以上、前にキヤバレー収入につき脱漏率の推定に関して述べたのと同様の理由で、現金仕入額についてもその実額が確定できない場合には、掛仕入と略々同率の脱漏があつたものとして取扱うのは当然のことであるから、食料品現金仕入高もまた前記審査請求の際の原告計算額に十九パーセントの脱漏率を加算してなした被告主張額を正当と認めざるを得ない。尤も原告が食料品現金仕入額として本訴に於て主張するところは審査請求の際の右計算額を下廻る百八万七百五十八円であるが右主張額には何ら合理的根拠も証拠も無いので採用の限りでない。

又自家消費額については、原被告双方の主張額の中雇人賄費三十一万六千八百円については争がないので、残る家族消費額につき検討してみると、原告主張額二十万五千二百円は之を認めるに足る証拠はなく、成立に争のない甲第九十七号証の十によれば家族消費額は被告主張のとおり四万八千円と認められるから、之と前記争のない雇人賄費との合計三十六万四千八百円を原告の自家消費総額として是認すべきであつて結局差引仕入高は被告が認定したとおり七百十六万八千七百五十七円となるわけである。

原告は係争年度の仕入高は六百四十四万九千三百七十七円であると主張するが、右仕入高は自家消費額が控除されていない点において既に算定上の誤りがある上に、その内訳の中食料品現金仕入額の信用できないことは前記のとおりであり、更に掛仕入額についても、前認定のような不正確な元帳(甲第一、二号証の各一乃至八、同第三号証の一乃至十)の外には之を認め得る証拠がないので右主張は採用し難い。

(三)  必要経費

原告の事業所得より控除されるべき必要経費の中当事者間において争となる貸倒金につき調べてみるに、成立に争のない甲第六乃至九十六号証によれば、原告が昭和二十九年三月二十七日各債務者に対し総額八十七万五千五百六十一円に及ぶキヤバレー営業上の債権を放棄する旨の通知をなしたことは認められるが、およそ貸倒金は、事業廃止前の債権が事業主の死亡又は事業の廃止後に貸倒となつたような特別の場合には、遡つて当該死亡又は事業廃止の年の必要経費に算入される場合もあるが、このような場合の外は貸倒となつた年度の必要経費に算入すべきものであるから、右のとおり昭和二十九年度に債権放棄がなされ、それ以前において回収不能となつた事実の認められない本件においては、同年中の経費としてはとも角、係争年度における必要経費として計上できないことは当然であつて、右債権放棄が本件審査決定前になされた以上当然係争年度の必要経費に算入すべきであるとの原告の主張は採用の限りではない。従つて係争年度における必要経費の総額は右貸倒金を除いた被告主張額七百二十二万八千六百二円を正当と認めるべきである。

以上の次第で、原告の係争年度内のキヤバレー、煙草の各収入及び仕入高、必要経費はすべて被告の主張額を正確なものと認めざるを得ないから、之と当事者間に争のない旅館収入と通算すれば本件係争年度における原告の事業所得は被告主張のとおり四百六十六万一千二百七十八円となり、之に前示争のない配当所得六千六百五十円を加算すれば、同年度の課税総所得額は四百六十六万七千九百二十八円となるのであつて、被告の認定した所得額三百十一万九千円はこれを百五十四万八千九百二十八円下廻ることが計算上明らかであるから、その意味において、鹿児島税務署長の更正決定の一部を取消して原告の所得額を右のとおり認定した被告の審査決定には何ら所得を過大に認定した違法は存しないものというべきである。

証人真川ハマ、同竹本こと宮本計の各証言並びに原告本人の供述中以上の認定に反する部分は合理的な根拠がないので、た易く信用し難い。

尤も成立に争のない甲第九十七号証の一乃至十三(審査請求事案調書)によれば、熊本国税局協議団鹿児島支部が原告の係争年度における所得を調査した結果では略々原告の確定申告額と同じ二百二十二万五百円となつたことが認められ、証人辻好生(一、二回)同別府景隆は右調査額が正当である旨述べているけれども、右事案調書を調べてみると同協議団支部はキヤバレー収入について前認定のような約五十パーセントに及ぶ脱漏を考慮した形跡がないのみか、右辻証人の証言によると同証人等協議官は売上高の算定について主に原告本人の言を信用し、専ら之を資料として売上高を推定したものに過ぎないことが認められるから、右のような同協議団支部の調査結果を以て前記認定を齎す資料とは為し難い。

なお、証人花田良一、同福島重成の各証言によれば、同証人等が鹿児島商工会議所の指導部員として原告の本件審査請求に当りその所得を算定したところでは僅か四十数万円であつて、その算定方法は売上伝票の一部に基礎をおき、しかもビールの売上のみを基準としたもので、先づその中から三種類の数字に該当する日附の伝票を抽出した上各品目を通じて算出した一日の総売上高をその日のビールの売上本数で除して之をビール一本当りの価格としておき、その抽出日数に応じた平均を以てビール一本の平均売値とし、之に仕入先を調査して判明したビールの仕入本数を乗じた金額を以て総売上高を推定し、之に基いて全体の所得を算定したことが認められ、又証人井手藤右衛門(一、二回)は、鹿児島商工会議所税務相談所長として原告が審査請求をなす際之を指導したが、その際判明したところでは、原告の所得は概ね申告額と同程度であつて、その算定方法は係争年度の仕入高に記帳の正確な翌二十八年度の荒利率を乗じて算出した旨述べているけれども、以上二種類の所得の算定の中、前記花田証人等のなした売上伝票の一部の、しかもビールのみを基準とする方法は、それ自体相当の誤差の予想されるものである上に、原告は前認定のとおり所謂裏日計表を作成し、表向の帳簿には約五十パーセントに及ぶ脱漏があつた事実に徹すれば、右のような所得の算定が当を得ないことは明白であり、更に右井手証人の用いた方式も仕入の正確であることが一つの条件となつているにも拘らず、審査請求の際における原告の計算額には被告の調査額に比し、掛仕入において約十九パーセントの脱漏があつたことは前認定のとおりであるし、このような方式は両年度における業態が大体同一である場合においても相当の誤差が予想されるから、いづれにしても被告の認定額を覆すに足る程の信憑性を有するものとは認め難く、結局右各証言も以上の認定を否定すべき根拠となし得るものではない。

よつて原告が被告のなした本件審査決定の中鹿児島税務署長の更正決定の一部を取消した部分を除くその余の部分の取消を求める本訴請求はこれを失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 浦野憲雄 森永竜彦 吉永忠)

(別表省略)

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